塵芥
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【天下泰平記】弟の話
- 2013/03/14 (Thu) |
- 泰平記 |
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泰慶の弟の話です。
homeにぶん投げた関係上、固有名詞等が一切出てこず読みにくい文章になりましたすみません。
少々人様のキャラを巻き込んでおります。申し訳ありません。
兄は幼い頃から私の憧れでした。
私達年少の者に対して気を配り、優しく、棍の捌きも子供とは思えぬほどに美しかったので、私は兄の事を兄としても武人としても心の底から尊敬していました。
兄は私の自慢であり目標であり、理想でもありました。
ただただ、大好きでした。
しかし長ずるにつれ、その感情は純粋なものではなくなりました。
羨望には嫉妬が混じり、憧れの中に諦めが影を射しはじめました。兄との才能の差を無視できなくなっていったからです。兄が七つの時に出来たことが、同年の私には出来ませんでした。
期待に応えることが出来ずに情けないやら悔しいやらで俯く私に、兄はいつも優しくゆっくりやればいいと言ってくれましたが、同時にとても不思議そうに「何故出来ないのだろう」と首を傾げていたのを見ては、私は腐った気持ちになりました。
才能の塊のような兄には、凡才たる私の気持ちなど解りはしないのだと。もうすでにその頃には兄に追いつけやしない、と諦めてしまっていた気もします。
それでも私は兄が大好きでした。だから諦めようとする心を必死で押さえつけて、がむしゃらに兄に着いていきました。
尊敬する兄と大好きな幼馴染と演舞の稽古をし、遊び、戯れに音楽を奏でる日々はとても楽しかったのです。
しかし元服を迎える少し前くらいから、兄は私達と距離を置きはじめました。緩やかに、少しずつ。私たちから離れたからといって他の誰かと居るわけでもなく、ただずっと一人でいるのです。
私達は最初こそ心配しましたが、兄が大人になっているのだろう、と一抹の寂しさを覚えながらもそう結論づけました。
兄はいつだって頼れる人で、その人がもっと大人になる、というのは嬉しい事だったのです。
だからでしょう、私は兄上もまだ子供だということに気付けなかったのです。
ある日のいつもの稽古の事でした。私はまた兄から出された課題が出来ずに身体も心も疲弊していました。
その頃の兄はもう私を慰める事はせず、またか、という顔をするだけになり、またそれが私の心をさらに責め苛むのです。その溜まりに溜まった鬱屈とした思いが、その日爆発してしまいました。
私は泣きながらあなたと同じ事を求めないでほしい。私とあなたとでは才能が違うのだと、訴えました。どれだけ頑張ってもあなたには追いつかない。辛い。もう嫌です、と。
全てをぶちまけた後、長い長い沈黙がうまれました。
私は急に恐ろしくなって、兄の顔が見られませんでした。惨めに怯える私に、兄はそうか、とだけ言いました。
それは産まれて初めて聞いた全く温度を感じない、冷たい声でした。自分が兄の逆鱗に触れてしまったことを全身で感じた私は、それでも何かをすることも何かを言うことも出来ずに、兄が一度も立ち止まらずにその場から去ってしまうまで動くことが出来ませんでした。
次の日から兄が笑う回数が減り、一人で居る時間がさらに増えました。
何よりも変わったのは、私や周りの人間への接し方でした。
兄は相手の自尊心を考えてか、年長の方と稽古をするときはわざと負けることがあったのですが、それが一切なくなりました。勝てる相手には容赦なく棍を打ち、元服も済んでいない年少者に負けて悔しくないのですか?などと相手を挑発するようになりました。
出来ないことはもう求めやしないから安心しろ、と私に稽古をつけてくれる時間も極端に減りました。
それが日に日に顕著になり、私は自身の発言が深く強く兄を傷つけたのだとようやく気がついたのです。
気がついた所で私はもう何も言えませんでした。幼馴染に心配され、謝るよう促されても、謝ることすら資格がないことのように感じてならなかったのです。
私はあの時に、兄が最も唾棄し軽蔑する「才能を言い訳に使う者」に成り下がってしまっていたのですから。
そうしている間にも兄は自分の才を隠すようなことは一切しなくなり、謙遜をすることもなくなっていき、自然と周りから人は減って明らかに孤立していくようになっていました。
それでも兄は態度を改めることなどしませんでした。むしろ一人で居ることを望んでいるような風でもありました。
私はそれでも兄に何とか食らいつこうとしたのですが、兄の私に対する目は冷めてしまっていて、失望されているのだと解った瞬間に足がすくむようになりました。
年月を経るごとに埋まるはずだと信じていた力の差は広がるばかりでした。
才能の差、というのも勿論あったのでしょう。しかしそれ以上に私たちの実力の開きを確かにしたのは私の中にある諦観に他なりませんでした。私の中で、兄上に勝つのは無理だという諦めは絶対的なものとして心の奥深くに根ざしてしまったのです。他の誰もが私と同じように兄に勝つのは無理だと諦め、そして兄はそんな私たちを軽蔑していました。
しかし元服を済ませて数年、身体も出来上がり己の実力に慢心することなく日々棍を振る兄に勝てるものなどどれくらい居るでしょうか。諦めるしか無いじゃないか、と皆が思う中、一人だけ諦めない者が居ました。
それが私と兄の共通の幼馴染でした。名家の息子に何かあっては、という気遣いや手加減すらもすでにしなくなっていた兄に手酷く打ち負かされても、諦めた方が良い何かあってからでは、と心配する声を制して彼だけは何度も兄に自ら手合わせを望みました。
普段は物事にあまり執着をしない幼馴染であるのに、どうして兄に対してはそこまで頑張るのか、私には理解できませんでした。
幼馴染を応援しながらも、心の底で兄に適う日など来ないと思っていました。
ですがその日は来たのです。一年の中でも特に桜が咲き誇る季節の事でした。兄の虚を突く形となった幼馴染の木刀が、兄の棍を高々とはじき飛ばしたのです。兄の手から落ちた棍が地面に落ちた音だけが響き、誰もが、勝ったはずの幼馴染ですらしばし呆然としました。私は震える声で幼馴染が一本を取ったことを告げました。
凄い!と興奮する私を余所に、幼馴染は静かに兄に一礼をしました。その時になって、兄が年下に負けるのはこれが初めてだと言うことに気がついた私は、兄上の顔を恐る恐る伺いました。もしかしたら怒るかもしれないと思ったのです。
しかし私の予想に反し、兄もまた静かに一礼をし、なんの動揺も無く落とした棍を拾い上げました。その時、私は横を通り過ぎる兄の顔に浮かんでいた笑みを見たのです。
それは当時の兄がよく浮かべていた斜に構え皮肉が混じった意地の悪いものではなく、どこか子供時代を思い起こさせる楽しそうな笑顔でした。身体に衝撃が走るようでした。兄の、そんな笑顔を見たのは何年ぶりだったでしょう。
思えば兄はその頃でも幼馴染にだけはどこか真摯でした。それは彼が名家の人間だからだと思っていたのですが、それはあまりに音かで大きな間違いでした。
兄はただ諦めずに努力する者に敬意を表し続けていただけだったのです。どんなに打ち負かされようと、どんなに突き放されようと、それでも食らいついてくる者に対して。私はその時ようやく勝つことを諦めていた自分を恥じ入りました。
その晩、私は兄のように一人部屋に籠ってゆっくり考えました。そうやって、兄の事を考えるとその孤独さに胸が締め付けられるようでした。兄は幼い頃からずっと兄として、次期家長としての責任感を強く持っている人でした。強すぎるほどでした。
子供は誰しも自分を無条件に庇護してくれる人が居るものです。私には兄と父が居ました。ただ私が産まれて数ヶ月の後に母を失っていたせいか、父は私にかかりっきりで、兄を信頼という言葉で誤魔化してあまり構っていなかったような気がします。そして兄はそんな父の事情を察してしまうだけの賢さが幼いときからありました。
長兄として、男として、年上として、幼い頃から自身の持つ責任感に見合うだけしっかりとしていた兄を心配している者など誰も居ませんでした。兄を守り、甘えさせてくれる人は誰も居なかったのです。それを無条件でさせてくれるであろう母という存在すら兄にはもう居ないのです。
甘えさせてくれる者が居ないなら、誰か理解してくれる人が居れば良い。しかし兄の持つ才能がまたそれを妨げました。才能の突出した者の苦悩に凡才が気がつき、慮ってやれることなどどれくらいあるでしょうか。
庇護してくれる者も、理解をしてくれる者も居ない。それはどんなに寂しく辛いことだろうか。何かあればことある事に兄か父に泣き言をこぼせた私に比べ、兄はどれだけのものをたった一人で耐えていたのだろうか、と初めて兄の孤独に気がついたのです。
兄の孤独を紛らわせていたものが、棍であり、私や幼馴染との交流であったのだろうか、と思ったときに自分が兄に投げた言葉の残酷さを正しく理解しました。
兄が求めていたのは、自分と同じだけの実力を持つ者ではなく、自分と対等に渡り合おうと自分と同じだけの努力を積み重ねる者だったのではないか。
兄は私に同じくらい強くなれとは一度も言いませんでした。出来ないならやれるようになるまでやればいい、と言うだけでした。
同じ高みに居なくても良い。ただ同じ場に居られるように努力をして欲しい、と。
兄が求めていたのはきっとそんな簡単な事だったのだと。ゆらゆらと揺れる灯を見つめながら気がつきました。
私はもう諦めることは止めました。愚直だろうと醜かろうと、必死に追いすがろうと決めました。何を今更、と兄は思うかもしれません。
それでも良いのです。
またもう一度兄が私を認めてくれるように、諦めることはもう止めるのです。
もう一度一から自分を、兄を見つめ直してやり直してみよう。それが、兄の信頼を裏切った私が出来る唯一の謝罪なのでしょう。
それは、兄が結婚をする一年前の夜の決意でした。
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泰慶がぐれるに至るまでの原因の一端をちょっと妄想して書いてみたら長くなったね。と言うお話。
それにしても読みにくい。ギギギ
